「なるほど、ありがとうございます。見える、見えないは関係ないのですね。
ただ、濱﨑さんご自身のことについて、もう少しお伺いしたいのですが、濱﨑さんがその『見えないもの』を意識したのは、いつくらいのときでしたでしょうか?」
濱﨑さんはティーカップを見つめながら、その答えを探していた。
「そうですね。何からお話ししましょうか…
私の母はクリスチャンで、寝る前のお祈りが日課となっていました。
毎晩、『神様今日も一日ありがとうございました!』からはじまり、感謝や懺悔や反省をのべながらいつしか眠っていたので、物心ついたときには神様という存在がつねに身近にあったんです。
神様は、いろんなお願いをきいてくれます。
朝何時何分におこしてね!というと、ちゃんと、起こしてくれる。
父と母が喧嘩をする日は、朝必ず教えてくれる。
お天気を教えてくれる。
夢で予知夢はしょっちゅう見せてくださいました。
時にはテストの点までも…どうせなら答えを教えてほしかったですね笑」
濱﨑さんの笑みに、つられて私も笑ってしまう。
「とはいえ、おばけや幽霊といった存在は、とっても怖くて、夜中のトイレには、必ず母を起こしていました。
なにかを目で見たということは全くなくて、存在を近くに感じていたんです。
感受性豊かという表現の範疇ですが、動物の気持ちがわかったり、近所の猫集会に参加してボスネコと話したりしてました。
机や椅子、物にも想いがあるんだから、叩いたらいかん!って、真剣にクラスメイトに話したら、ものすごく、馬鹿にされて、逆に驚きました」
濱﨑さんは、微笑みの中でこちらを見ている。
その言葉は、どれも確信に満ちている。
「濱﨑さんは、幼いころから、そうした見えない存在が近くにおられたのですね。
物にも、心がある。私も、そのように思います」
ティーカップを置くと、濱﨑さんは続けた。
「祖母が亡くなったとき。
祖母の声で『かほりちゃーん』と、どこから響いてきたのかわからないけどもはっきりと聞こえてきました。その響きは、鈴の音の響きと同じでした」
考えてみれば。
こうして何気なく交わしている声というのも、目に見えない、ただの空気の振動だ。
それに意味や感情や思考、あるいは心の震えを乗せて、人は声を発する。
それもまた、目に見えない。
けれども、なんの疑いもなく、私たちは言葉を交わす。
もう少し、その見えないものについて、聞いてみたくなった。
「濱﨑さんが、そうした見えない世界のことについて、この『ひだまり処 禅』でお伝えしようと思われたきっかけなどは、あったのでしょうか?」
濱﨑さんは、また少し瞑目してから話し始めた。
「そうですね…それをお伝えするには、私の失敗談をお話ししなければならないので、白状します。
30代半ばのころ、私は精神を患っていました。
その頃から、なんだかどんどん自分がおかしくなる、時には、もはや自分が自分ではないような…そんなことが多々ありました。
その頃から私は、目の前の人が、前世がどうだとか、本心とか、そういうことを、するすると言葉に出てくるようになったんです。鮮やかなイメージが浮かんできたり、写真や映画のワンシーンが流れ始めるようだったり。
それらを、前世では、こんなことをしてたんですねー!なんて、言うものですから、周囲の方が、興味津々で、質問に答えていくなかで、目の前の方々が、納得したり、涙を流したり、そんな現象がふえはじめました。
私ね、そこで、得意気になったんです。
『どうやら、私は、特別な能力を手にしたんだ!!』と。
私には能力が備わったと、得意気に鼻を伸ばし、自己顕示欲にその能力を使っていたんですね。
あぁ、恥ずかしい…」
濱﨑さんは、続ける。
「しかし、そんな私を神様は見ていました。
あえて言葉にするならば、別離、見放し、追放、堕界、そのような意識というか、表現できないのですが、去っていくということを告げられた、というのも正しくはないのですが、宣告、通知されました。人生で初めて、身が縮み上がる経験をしました。
その時に、初めて気が付きました。なんと愚かなことをしたんだと。
三日間ほど、ただただ、泣きながら額をこすりつけて、謝り続けておりました。ほんとにごめんなさい。と。
あのときの猛省は忘れることができません。
神様は、静かでした。怒っているともちがいます。言葉も少なかったです。
『もう二度といたしません!!』と、反省と誓いをたてました。
3日目頃に少し、反省期間を頂いたと、追放者ではなく、執行猶予のような期間を与えられたと、感じました。
そこから、見えない世界のことを口外しない数年が過ぎていきます」
その口外しない数年間。濱﨑さんにとって、どんな数年間だったのだろう。